童貞いじりってなんだろうね
セクハラ問題がいわゆる男性社会的なものへの批判とシフトしてきたはあちゅうの#MeToo
私も、はあちゅうがどんな人であれ、告発自体は偉いと思う。ただ告発自体を応援するというのは、なんというか、その行為にいいね!ボタンを押すくらいしかなくない? んで、実際は応援すべきは声を上げてもいいと思っている他の方々だと思うし、はあちゅうの童貞いじりはセクハラだと思っているのでそれはそれで燃え上がるのは致し方ないんじゃない?
とはいっても私は、はあちゅうの童貞いじり自体に強い不快感は覚えていない。未熟だと思うが、やはり一般的な童貞いじりに対してよりかは、不快感がすくないのだ。むしろ、はあちゅうを助けようとして「やっぱり童貞は」という輩のほうが悪質だと思っている。
童貞いじりってのは不思議なもので、「簡単に捨てられるだろ」と「俺は努力したマウント」という本来対立しそうな2つの考えがくっついて行われる、ゴチャゴチャで理不尽な物言いであることが多い。
だから、それについて私なりに解読しようとするこの文章もゴチャゴチャになると思うのだがお許しいただきたい。
童貞いじりの根っこ
童貞いじりを行う彼らの考えというのは『文字通りの意味合いの童貞は簡単に捨てられる。しかし、童貞でない方には自明の通り、脱したからと言ってそのマインドは変わらない。だから童貞的なマインドを変えるべく努力しなきゃいけない。』というところだと思う。
童貞が未熟とされる理由はこれが大きいと思うのだが、実はもう一つある。それは、そもそも彼らが童貞を脱したのが、人間として未熟なとき、というところである。
つまり、童貞を脱するというのは(保守的な男性社会の中においては)成人の儀みたいなもので、それを経ても何もなかった。それでそこで産まれたコスト
- 童貞を捨てたこと
- 童貞を捨てるために費やした努力
- 童貞だったころ(実際のところは知識がなかったからなのだが)にあった誤解
- そしてそれによる加害、被害
といったものを『成長の糧になった』として回収しようとしているのだ。そして、未熟な人間が時を経て成長しただけのことを、脱童貞したからだと思い込む。本来、童貞であろうがなかろうが、人はそれなりに成長したりしなかったりするから、童貞を脱するというのは、別に関係ないのである。要するに童貞いじりする人間というのは自分を省みたり、他人を思いやるということができない。にリソースを割かない人間なのだ。
『風俗で捨てろ』がミームとして流行ってるけど、そもそも風俗で童貞を捨てない人間は童貞を捨てたところで、変わらないことはわかってるんじゃないかな。
オトナ童貞は逃げ口上
さてそれでは、『オトナ童貞』という考えはどうか?これは上の童貞いじりの根っこから派生したもので、『俺ってガキだなぁ』みたいなに自らの未熟さや下劣さを童貞という概念に押し付けているだけである。自分のダメさに対して大きな責任を持ちたくないから、イメージが似ている言葉になすりつけて解決を遅らせる寸法である。結局、彼らが童貞は素晴らしいと、いうのだが、それは童貞という状態ではなく、童貞という入れ物が素晴らしいという意味である。
[※追記埋め込み]
「盲目」と「盲目的」が違うように、「童貞」と「童貞的」は違って、僕は童貞的なマインドを持った人たちを“オトナ童貞”と名づけました。詳しくは是非、こちらのリンク先をご参照ください。https://t.co/VquMpG18kI pic.twitter.com/W7GWF8ULpo
— 霜田明寛 (@akismd) 2017年12月19日
だから、『オトナ童貞』なるものは自虐だとかいうけれども、童貞という箱に自らの未熟さを詰め込んで嗤うのは、自虐ではない、逃げだ。他者の属性に自分の嫌なものを押し込んで逃げること自体を私は否定しないけれど、その属性のイメージのベースが上述する童貞いじりの根本と同じであるというのは問題に思う。それを百歩譲って仲間内ならともかく、多くの人が消費するように仕向けるのは救いようがない。はあちゅうのお友達にしたって、あれだろ、童貞応援サイトで『童貞。をプロデュース』の屑をインタビューした奴とかでしょ。あんな、童貞だからという理由で男性をレイプした監督によくインタビューできんな。あ、そういえばあいつもおんなじこと言ってたね。
個人的には『童貞。をプロデュース』から10年経って、童貞をあることをアピールしても、恥ずかしいことではなくなったこと(むしろモテに繋がる)より、『あんにょんキムチ』から20年近くたっても在日コリアンであることを公言しにくい社会であることの方がずっとショックではある。
— 松江哲明 (@tiptop_matsue) 2017年8月24日
過去のツイートでの童貞いじりの件をいろいろ言われてますけど、
— はあちゅう (@ha_chu) 2017年12月18日
"世の中は童貞ブーム。2010年以降、「童貞」は堂々と言っていい&モテの要素になった説"
の記事も見て頂けると。
「童貞」という言葉に持つイメージは世代によって違うのでは?という話をしています。https://t.co/iET6XjPIts https://t.co/r9QJmzUaI0
まあ正直どうでもいい。朽ちろ。
非モテの妬みについて
最後に童貞や非モテが言うとされている、所謂『非モテの妬み』についても述べたい。
よく言われる非モテの妬みっていうのは、童貞を捨てなくてもできる成長を、わざわざ、だれかを傷つけながら行い、更にそれがその相手からも社会からも肯定されるってところから起こるのだと思う。いわば同族嫌悪に近いんだけど、これは過度な成果主義、経験主義に対する反発でもある。
私はこの妬みを安易に否定できない。なぜなら、この妬みを否定すると、恋愛工学者のような感じで童貞が人を傷けて回るようになったときに嘲笑すらできないし、そもそも、今回の発端でもある性的な加害行為を否定するとすれば、この妬みは妬みというより寧ろ正しい姿勢に思えるからだ。
ただ、この類の妬みが共犯者、つまり社会や、傷つけられたとしている人々に飛び火するのは、少しいただけないと思う。
しかし一方で、彼らの妬みに対する反論も、ちょっとどうかと思っていて、例えば、
- 『童貞かどうかなんて気にしていない、童貞が好き』
というは実のところ的外れであるし、
- 『ソープにいけ』
- 『童貞を捨てても何もない』
というのも結局は童貞いじりの根本については肯定しているようなもので逆撫で間違いなし。
彼らの妬みを晴らすのであれば、『童貞、非童貞、関係なしに成長する人はしっかり成長しているし評価されるべきである。恋愛やセックスは往々にして成り行きであり、評価ではない。そして私はあなたと同じく恋愛やセックスというイベントそのもので成長するわけではない』という当たり前っちゃあ当たり前の話を共有すればいい、と思う。もちろん例外的に攻撃的な人間が、彼らの妬みに便乗している場合は無効だが、やるしかない。
童貞いじりの何が問題なのか
それで結局、童貞いじりの何が問題なのかといえば、童貞を未熟なもとのして攻撃する行為もそうなのだが、
童貞を脱するために性暴力の被害に遭ったり、逆に性暴力の加害者となるのを防ぎ、そもそもセックスができない人間を救うためである。
前者はバイセクシャルであることを証明するために(対男性の)童貞を抜け出そうとし意味のないセックスをした私、後者はAセクシャルの友人である。
私は、性行為がなくてもゲイであると公表する人を知り、自分の愚かさとその過程で、自分も相手も大いに傷つけたことに泣いたし、友人は、童貞であることをコンプレックスに思い混乱している。
童貞いじりをするような輩がいなければ、童貞を脱するというのが何かきっかけになるような規範さえなければ、私はデートレイプされず、友人は変なルサンチマンを抱えず済んだのだ…とも言い切れないのは悲しいところではあるが、少なくとも、それらは肯定されるべきことではない。
ちなみに童貞がモテるとかいってるバカはなんなんですかね。モテるモテないからの解放こそが大事だと思うんですけど。
追記
そういえば書き出しが、はあちゅうだったので言及しておくけど彼女は特定の人にとってたいして、いい子なんだと思う。それは家族だったり、仲間だったり、尊敬できる功績を挙げた人、とかね。くだんの謝罪文、読む限りヨッピーの言われて、ネットで書いてあることザっと見して書いてるでしょ、あれ。たぶん自分で深く考えたりってできないんだろうなぁと思う。
良くも悪くも広告業界の人で、だから、あきらめてるし、謝罪があるから、本人についてはそこまで強く言おうとは思わない。どうでもいい。
ストラテラ1日目
喉が死ぬほどいたくなった。こんな薬はストラテラが初めてで少しあせる。
ADHDと自覚したのはもう十年以上前の話。インターネットの簡易検査を遊びでやってみて気がついた。
よく財布を忘れたり鞄を学校に起きっぱなしにしたり、誰かの助けがなければ宿題などできない。いつも時間ギリギリの外出で、部屋は汚かった。
ああ、私は障害児なのだ。そう思った。
それでいて精神科にはいかなかった。家族が望まなかった。母は私を精神病院につれていかず、個性として“許す”、という態度で私に接していた。あるとき、精神病院に連れていかないのだから感謝しろ、というふうに私に怒鳴ったので、それは間違いない。父はそれは障害でなく怠惰だと切り捨てた。私自身も、精神病院は悪いものだ、怖いものだと思っていた。だからなんの処置もせず。症状が和らぐだろう成人まで待つことにした。
あと5年、あと3年。そうして我慢した。我慢したが結局治ることはなく、寧ろ悪化の一途を辿った。
そして社会に出て困ったことになった。事務が電話を受けるのも含めて全く出来ない。私は会社で半分クリエイター半分事務という、アンバランスな職に就いている。
クリエイターでも、たまに集中が切れどうしようもないのに、事務が全く出来ないとなると、契約社員の身ではすぐにお払い箱だ。
私は、まわりからは自由な人間だと言われるが、私からすれば常に切り捨てられる恐怖に怯える人間だ。
そのなかでも、今回のは一番酷い恐怖だった。社会から無能と切り捨てられるのは、家族に切り捨てられるよりも怖かった。
それで、ストラテラを飲んでいる。正式な診断は降りていないが投薬の効果を見て判断するとのことで、かもしれないで治療されるのは怖いが、まあ予約できないだの、診断結果に時間がかかるだのをすっ飛ばせるのは、大変ありがたかった。
それで1錠目。喉が焼けるように痛くてなかなか寝付けなかった。朝になると体が火照って、すこし頭がスッキリ気分だった。いちもつは全く勃起しなかった。副作用らしい。
なんだ、医者は効果がでるまで数週間といったがすぐじゃないかと、思っていたが効果は1時間もしないできれた。
いつも通りの混線したラジオみたいな世界に戻った。